■TAKAのボルドー便り■

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5.ソーヴィニヨンの香り

今回はソーヴィニヨン・ブランワインの香りについてお話しします。
ソーヴィニヨン・ブラン品種から得られるワインは非常に個性的で多面的なアロマを持ち、これを表現する為の用語はかなりの数に上ります。その中でも「御三家」と呼んで差し支えない程、頻繁に登場する言葉があります。ビュイ、ジュネ、ブルジョン・ドゥ・カシスがそれです。

これらのうちで一番お馴染なのが最後のブルジョン・ドゥ・カシスではないでしょうか。これはカシスの芽のことです。また、ビュイを辞書で引くと「ツゲ」とあります。ツゲと言えば日本ではよくクシに使われる木ですが私はまだ実際に手に触れたことがありません。ではジュネはというと「エニシダ」と訳されています。これは生け花でも使うそうで、日本にもある筈です。

カシス
ビュイ
ジュネ

これらは強い香を放ちますが、花が馨るのではなくてブルジョン・ドゥ・カシスではその小さな芽が、そしてビュイやジュネの二つは葉から香りが発散しています。しかし、一年中香っているのではなく、特に後者二つは花をつける前後の時期が一番ソーヴィニヨン・ブランらしい香を放ちます。それに対して冬は殆ど香りません。日本でもポピュラーな「ピピ・デゥ・シャ:猫尿」は意外にもあまり登場しません。テースティングの場面で「オシッコ」というのにやはり躊躇いがあるのかどうかは知りませんが・・・・・・。


デュブルデュー研究室における香る物質の探索、そして特にTAKA組におけるそれは現代の常識からはやや逸脱しているとも思われるカテゴリーの化合物群を執ように追い求めています。それがどれだけワインの香りに貢献しているかを「ある実験」によって示してみましょう。一本の良いソーヴィニヨン・ブランと30円程の小銭があれば直ぐに、簡単に、そして誰でもができる実験です。そしてこれは説明し難い「御三家」の香りを知る上でも大切な実験です。


★十円玉の実験★
用意するソーヴィニヨン・ブランはボルドー産の、はっきりとこの品種の特徴がでているものを選んでください。もっともこの品種の特徴を知るためにする実験ですから、最初は何が特徴であるかがわからなくてもいたしかたありません。そこで良く名の通った一本を使うことをお薦めします。たとえばシャトー・レイノン・ヴィエイユ・ヴィーニュ、またはドゥルテのニュメロ・アン、クーアン・ドゥ・リュルトン、エル・ドゥ・ラ・ルヴィエールとかでしたら申し分ありません。

さぁ、いよいよ実験開始です。まず、ワインを二つのグラスに同量注ぎます。その内の一つのグラスに10円玉を2-3枚入れてガチャガチャとかきまわし、入れてない方のグラスと香りを比較してみましょう。
一番よい方法はこの二つのグラスを別の人に目隠しで差し出して貰って較べてみることです。グラスの中で10円玉の音をたてないようにご注意を!

はっきりとその違いがわかることと思います。10円玉を入れたグラスのワインは香りが乏しく、極端に言えば樽香や青ピーマンの香しか残っていない筈です。この差は2-3日前に開けたワインを使用した場合では出にくいことがあります。
さて、ここで消えてしまった香りこそがソーヴィニヨン・ブランを語るところの香達ちなのです。ジュネやビュイのニュアンスも消えますが、それ以外にもグレープフルーツやパッション・フルーツの香りも消失してしまいます。青ピーマンの香りはこの品種を代表する香りとして知られていますがそれは間違いです。これは既に果汁の段階で存在しており、またどんな品種にでも多かれ少なかれ見いだされます。本当のソーヴィニヨン・ブランの香りは醗酵のみによって引き出されるものなのです。

ここで消えてしまった香りをもつ物質は化学的には、ずばり銅と反応する化合物であり、私達の研究グループはそれがチオール化合物というものである事を突き止めました。それは硫黄を含んでいる化合物のことなのですが、本来硫黄化合物というのは良いイメージはなく、すべて悪臭の原因として扱われていました。ところが最近の研究ではこの悪役達は実はパイナップル、グレープフルーツ、そしてパッション・フルーツ等の良い香に深く関係していることがわかっています。

今日までにいくつかの重要なチオール化合物をソーヴィニヨン・ブランワインから見つけましたが、そのなかで特に重要な一つをご紹介します。ちょっと難しいですが・・・・・・。
メルカプト・パンタノンという名前の化合物です。これはフランス語では女性名詞ですから、本当でしたらラ・メルカプト・パンタノンになります。では彼女の写真を以下にお見せしましょう。どうですか、美人でしょう??


この化合物は極めて微量で大変強い香りを放ちます。これは良いヴィンテージのソーヴィニヨン・ブランでもたかだか30ナノグラム(1ナノグラムは、1グラムの10億分の1)しか含まれていません。それでも強く香るのです。
大変興味あることには、先に紹介した「御三家」の中のビュイとジュネにこの化合物が大量に含まれていることを発見しました。両者の香りのニュアンスの共通性だけから、化学的共通性を知らずして実に長い間、それを使い続けてきたフランス人の香りの敏感さ、センスに脱帽です。一見何の関係もないように思われる二つですが、「香の架け橋」で結ばれていたのです。さらに面白いことには、ジュネはその昔々、醗酵中のソーヴィニヨンブランのタンクに実際に入れていたことがあったそうです。昔の人の知恵にも脱帽です。

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