■TAKAのボルドー便り■

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14.青い香りのお話

今回は香りの表現についてです。
4月だというのに冷たい雨の中、日曜マルシェに出掛けてみました。マルシェというのは市場のことで、それぞれの地域できまった曜日、時間に開かれます。魚屋さんあり、肉屋さんあり、立ち飲みバーあり、といろいろです。ここのマルシェは軍艦が常時停泊している正面で開かれるので、私達はここを「軍艦市場」と呼んでいます。


さて、今日はこの市場の中から、ソーヴィニオン・ブランに対して使われる「青い香り」を表現する立役者達をご紹介しましょう。

近年、ワイン関連書籍中で「青葉アルコール、青葉アルデヒド」という言葉が良く登場します。そこで青い香りのスタートをまず彼らにきって貰うことにいたします。

これらは最初に紅茶等の葉から見つかったのでリーフ・アルコール、リーフ・アルデヒドと言われています。しかし実際には葉に限らず、実や茎等の中にもそれが見いだされます。この物質の構造はいたって単純で炭素が6つ直列に並んでいるだけなのです。その為に、私達の間ではこの化合物を総称してセー・シス(C6)と呼んでいます。
テースティングしているワインが非常に青臭いときに、フランス語ではエルバセ(草のような)、またはヴェール(グリーンな)である、と言います。しかし日本語でいうグリーン感という時のある種の清涼感をともなったようなイメージは薄く、同じ意味でありながらフランス語で使う場合にはもっと悪役です。時としてアーティショー・クペ(カットしたアーティチョーク)等ということもあります。

さてこのアーティチョークですが、写真左は生でサラダに入れて食べます。それに対して写真右の大きな方は煮てから料理に使います。


C6アルデヒドは低い濃度でも香り、これが果汁中でエルバセの印象を強く与えています。しかし自然は良くしたもので、醗酵の過程でこれらのアルデヒドはそれぞれ対応するアルコールに還元されてしまいます。
このC6アルコールは先のアルデヒドに較べて10〜100倍も香りにくく、ワインへ変換されたあとではそれほどは香らなくなります。ですからC6化合物がワインに与える影響はさほど大きくはありません。その上これらの化合物は広く植物界に分布していますので、ましてや特定の葡萄品種の青臭さに貢献していることはありません。勿論ソーヴィニオン・ブランの香りの本態ではありませんので、念のため・・・・。

さて、次にもっと重要なこのカテゴリーに属する化合物をご紹介します。

ここに登場するのがポワブロン・ヴェール(青ピーマン)の香りで有名なメトキシピラジンという一連の化合物です。一連の、という言葉が示すようにC6化合物と同様にいくつかの仲間が知られています。この仲間は青ピーマン以外では、さやえんどう、いんげんからもこの化合物が見つかっており、先ほどのC6同様、広く植物界に存在します。面白いところではジャガイモからもみつかっていることです。この物質はテルー(土のような)な臭いを持つことでも知られています。そして2ng/Lと言う大変低い濃度でもその香りを捉えることができます。

個人的にはこの香りは嫌いではありません。

先ほどの物質と同じ「青草臭」でまとめられてしまう化合物ですが、実際はかなりニュアンスの差があります。この臭いを嗅ぐといつも「茹でたソラマメ」が脳裏をかすめます。又茹で上がったばかりの枝豆もしかりです。日本の食生活は比較的豆類と付き合いがあるためか、知らぬ間にこの香りに抵抗性?ができているようです。
オーストラリアの醸造家は、この香りが好きだそうです。ソーヴィニオン・ブランの中になくてはならないもの、というふうに考えているようです。
ひょっとして日本人もそうでしょうか?
C6化合物がフレッシュな、しかし時として強いグリーン感を持つのに対して、このメトキシピラジンはやや柔らかな、少しフォーカスがずれたようなグリーン感があります。表現用語としてはC6のときに使われているものと同様にヴェールな、そして忘れてはいけないポワブロン・ヴェールがあります。


またアーティショー・キュイ(茹でたアーティチョーク)も登場します。C6の時はこのアーティチョークは「生」を用いていました。
如何ですか?これがC6とメトキシピラジンの香りの違いと考えてもよさそうです。

この化合物の濃度と葡萄の熟度の関係は良く知られています。これについてはまた別の機会にお話したいと思っています。ただこの化合物もソーヴィニオン・ブランの香りの真の姿ではありません。「ソーヴィニオン・ブランの特徴的な香りは醗酵によって産まれるものである」とエミール・ペイノー博士は言っています。C6化合物やメトキシピラジンは果汁中に既に存在しているのです。この点を良くご理解下さい。

最後はアスペルジュ(アスパラガス)で締めくくりです。
これにはグリーンとホワイトの2種類がありますが、アスペルジュ・ヴェールトゥ(グリーン・アスパラガス)の香りは「青い香り」ではありますがこれはメトキシピラジンやC6から来るものではありません。これを使うときは「生」かそれとも「茹でたもの」かを区別して用いているようです。

特に火の入ったアスパラガスはロワ−ルのソーヴィニオン・ブランの形容に多く使われるようです。この地方はボルド−よりはかなり北に位置しており、グリ−ンな感じも強いのですが?ただこれは欠点として捉えられるグリ−ンではないのです。ロワ−ルのソーヴィニオン・ブランはエキゾチックフル−ツからグリ−ン・アスパラガスのポタ−ジュ迄の幅広い「グリ−ン感」のスペクトル(帯)を形成しているのです。ですからこの表現用語は微妙であり、使い方が難しいかもしれません。
ヒマワリ油でこれを炒めて、セル・デゥ・フルールというスペシャル塩をかけて食べるのですがこれがなかなか旨いです。やっぱり竹の子と同じでさきっぽが柔らかくて、なんぼでも食べれます。


「青い香り」として紹介するのは正しくありませんが、ついでですからここでアスペルジュ・ブランシュ(ホワイト・アスパラガス)の話をしましょう。

この生は日本では希少であるときいています。いまフランスはこのホワイト・アスパラガスの季節まっさかりです。写真に見られるようにマルシェのいたるところでその露天が開いています。
白アスパラは先端が綺麗な紫色です。(プライス・プレートには何故かグリーン・アスパラと書いてある!)

これは炒めるよりも茹でてから、簡単に済ます場合にはマヨネーズで、また時間があれば卵黄をかきたてたソース・オランデーズでいただきます。香りが大変強く、特徴的です。しかし缶詰でもその香りは残っていますから、日本でもこの香りを知ることは可能だと思います(缶詰くささを差し引いて)。

これをあまり頻繁には使ったことはありませんが、やはりロワールのソーヴィニオン・ブランに度々その香りが認められます。
個人的な意見ではエキゾチック・フルーツがバンバン香るソーヴィニオン・ブランよりもむしろそれが控え目で、かわりにミネラルやスモーキーな感じが優勢なソーヴィニオン・ブランにこれが見い出される事が多いような印象を持っています。

香りを知る、そしてそれに出逢った時に言葉で表現する、ということは簡単ではありません。
醸造学部の学生達は、もしその香りの本態が解明されている場合は純粋な化合物を何回も嗅がされてその特徴的な香りを頭に叩き込まれます。
香りを覚える、ということで「ネ・デュ・ヴァン」を思い出しました。ワイン中に見いだされる香りの集大成という大きなセットもあれば、いくつかのシリーズに別れているより使いやすいものもあります。例えばそれが産地別やワインのタイプ別、また欠点の香りだけを網羅したもの等々です。

この「ネ・デュ・ヴァン」の存在は昔から知ってはいましたが、なかなかそれを知るチャンスがありませんでした。昨年、アカデミー・アモリムからのグランプリの受賞の為にロンドンに赴いた時に「ネ・デュ・ヴァン」の作者、ジャン・ルノワール氏に逢いました。
彼はこのアモリムのアカデミー・メンバーだったのです。
話してみればソーヴィニオン・ブランの香りには私が発見したいくつか化学物質を使っている、また何か新しい物質をみつけたら教えてくれ、ということで意気投合しました。
そして私に写真にも写っている同様のセットを進呈してくれました。

この写真はロンドンのワイン博物館、「ヴィノポリ」でのスナップで、ショー・ウインドウに箱を閉じて展示してあった「ネ・デュ・ヴァン」にご不満で、係員を呼びつけてアレンジし直して喜んでいる彼です。


さて、香りの話はまた機会をみて別なテーマでお届けしようと考えています。
尚、ここでは香りの表現はできるだけフランス語を使っています。なぜならばどうしても日本語に訳しにくい場合が今後のシリーズ中で予測される為です。
この点、ご了承願います。


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