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72.ワインの研究とワインの品質向上

ワインの研究は実に多様な分野の集合体で成り立っています。ボルドー大学でワインを学ぶといえば、誰でもが醸造学とテースティングを思い浮かべますが醸造学という言葉一つをとっても多肢にわたっているのです。

なにより、これらは確立された学問であり、研究と呼べる領域ではありません。しかし研究は醸造や栽培と密接につながっています。研究の成果を知ったうえで醸造を手がける人とそうでない人との間にはおのずと品質の差が産まれます。そうです、ワインの研究はワインの品質向上の為に行われているのです。

1993年に同定されたソーヴィニヨン・ブランワインの特徴香であるカシスの芽の香りを放つチオール。一見、学術的な段階に留まりそうなこの発見でしたが、デュブルデュー教授はこれを見事に醸造現場に持ち込み、際立った個性を持つソーヴィニヨン・ブランワインを造り上げました。彼とある研究結果について議論する時、必ず聞かれることが、それは現場にどのように役立つか、ということです。

彼は試験管レベルのデータの収集にはまったく興味がありません。ワインはフランスにとって重要な農業資産であり、それ故ゴンベに種撒かせて、カラスに収穫させる訳にはいかないのです。フランスに於けるワイン研究のシチュエーションの重要性はここにあります。さて、かくゆう私もともすればアカデミックに走りやすい研究から脱皮して、現場でなんぼ、と問われても答えられる研究デザインを組む技をデュブルデュー教授からしっかり受け継ぎました、のつもり...。

デュブルデュー教授の研究室の名称はウノロジー・ジェネラルといって、“醸造一般”という非常に幅広い意味をもつ研究室名です。そこでは現代科学の粋をみることができるのですが、一つだけ足りない分野があります。それは合成化学です。つまり、新しい香りの物質をみつけたはいいが、それを合成する事ができません。合成しなければその発見が正しいかどうかを検証できません。以前はその合成分野をスイスのフィルムニッシュという香料会社との共同研究の名の元にお願いしていました。最近ではその合成を近隣であるボルドー第一大学の合成化学部門にお願いしています。

この組織はCNRS(中央国家研究所)と呼ばれおり、フランスに於ける最高頭脳を持った人材の集合体です。渡仏前の私は某大学で生化学を専攻しておりましたが、ある研究題材に関してこのCNRSからでる論文にやられっぱなしでまったく手も足も出なかった、という苦い、そして辛い経験がかつてありました。当時はそのCNRSの水準の高さを知る術もなく、いま思えば喧嘩にならない程の能力の差があったのです。
それから20年の歳月が流れて、まさか自分がCNRSの化学部門と共同で研究を開始するとは夢にも思いませんでした。

ソーヴィニヨン・ブランワインから新しく見つけた化合物は勿論市販されていません。
自分で合成して、香りを確認しなければなりません。
そこでデュブルデュー研究室から飛び出して、このCNRSで実習生として自分が発見した新規物質を合成することになりました。

合成専門の研究室はいつ爆発が起こるかもしれない、という素人まがいの不安で一杯です。
でも正しく操作すれば大丈夫。
合成した物質を蒸留して精製しているところ。
右側のフラスコに未知の合成した香り物質が滴り落ちます。
いつもお世話になっているジュベタナ女史。
冷却の為の液体窒素を小分けしているところです。名前からお察しのとおりフランス人ではありません。彼女の生まれはロシアです。
彼女は合成の天才で、いくつもの合成手順をパッと瞬時に図式化してくれますが、私はいつもチンプンカンプン?!

まだまだ未知の香り物質が隠されているソーヴィニヨン・ブランワイン。彼女との、そしてCNRSとのお付き合いは途切れることがありません。合成された物質は明日へのワインの品質に貢献することでしょう。
Taka

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